【読書感想文】 『FACTFULNESS』 著:ハンス・ロスリング他
2019年6月15日 読書
今、本屋のビジネスコーナーで平積みとなっていて最注目されている本は、これではないだろうか??
通常の単行本よりもひとまわり大きくて、手に取ることを躊躇させる見た目なものの、帯についているビル・ゲイツの推薦文が超絶強力なパワーを秘めている・・・(;・∀・)
※上段画像参照
「名作中の名作。世界を正しく見るために欠かせない一冊だ」
ビル・ゲイツ大絶賛、大卒の希望者全員にプレゼントまでした名著
もうこの帯を読んで、この本の内容もさる事ながら、、、
ビル・ゲイツが大卒の希望者に買い与えたこの本の冊数はいったいどれほどだったのだろう?って気になっちゃたよね。
世界100万部超の大ベストセラーとも書いてあるけど、この内訳でビル・ゲイツがかったのが一体何万部なのよ?って気になってしまったwww
まぁー蛇足はこれくらいにして、、、この本読破したんで、感想というか、どっちかっていうと内容の要約を書いていこうと思います。
この作品、簡単に言えば・・・
正しく世界のことを認識している人はほとんど存在していない、それが非常に頭の良い人間であったとしても同じで、人間には自然といくつかの思い込みをしてしまう法則が存在しているのだっ!!!!
って感じです。
でもって、その思い込みってものが大きく10個紹介されており、それをちゃーんと知った上で、各々が自分を律せよっていう内容の本です。
じゃー、そのそれぞれの思い込みってものを紹介していきます。
①分断本能・・・「世界は分断されている」という思い込み
人間という生き物は、様々な物事や人々を2つのグループに分けないと気がすまないタチだということ、そしてその2つのグループの間には、決して埋まることのない溝があるはずだと思い込むというのだ。
以下の内容の質問をこれを読んでいただいている方は、ちょっと考えて欲しい。
世界には多くの国がある中で、いまだに途上国の枠内に位置している国はどれほどあるのだろうか?
世界の格差は広がっていると思うか?それとも、縮まっていると思うか?
・・・さあ、どうお考えになられたでしょうか?
答えを言うと・・・
いまだに途上国の枠内にいるのは全人口の6%ほどで、国数にして13カ国のみ。全人口の75%が中所得の国に住んでいる。
以上のような流れで、世界全体が徐々に発展していっており、格差は広がっているどころか、格差は縮まっている方向だというのだ。
どうしても、「世界には極度の貧困層もいれば、億万長者もいる」という話の方が伝わりやすく、「世界の大半は、少しづつだが良い暮らしを始めている」という話は伝わりにくいのだ。
そもそも、国の国力を反映した呼び方として、「途上国」と「先進国」という呼び方が、この間違いを助長させている。
この呼び方だけでは、世界には貧しい国と裕福な国のどちらかしか存在しないようではないだろうか?
どうやら、私たち人間には物事を勝手にドラマチックに見てしまう性質があるらしい、モノを見る上でどうしても「二項対立」の構図であると捉えてしまいがち
だと言うのだ。
例えば、、、これは良いのか悪いのか、自国なのか他国なのか、これは正義なのか悪なのか
よくよーく考えれば、もっと物事にはグレーな部分があるということなのだ、世界には「途上国」でも「先進国」でもない「中所得国」のほうが多いこともそうだ。
②ネガティブ本能・・・「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み
人間は誰しも、物事のポジティブな面よりネガティブな面に注目してしまうという思い込みだ。
事実アメリカでは、1990年以降犯罪発生率は年々減り続けている。
※1990年1450万件 ⇒ 2016年950万件
しかし、1990年以降アメリカ人に対して、「犯罪は増えていると思うか、減っていると思うか?」とアンケートを取ると、ほぼ例外なく毎年「増えている」と答える人が大半なのだ。
人間のサガとして、「悪いニュースのほうが広まりやすい」ということは肝に銘じておいたほうが良さそうだ。
例えば、非常に悲惨なニュースを今度見たときに、自分にこう尋ねてみるといいかもしれない。
「このニュースと同じくらいのインパクトの“明るい”ニュースがあったら、それはニュースになっていただろうか?」と・・・
また日々のゆっくりとした進歩はニュースになりにくい、ということも知っておいたほうが良い。
どこどこで通り魔殺人があったとか、高齢者の運転ミスで罪のない子どもが引かれて亡くなったといったニュースの方が優先されて、昨年よりも犯罪発生件数が減ったとか、犯罪件数が減っているのが何年連続!なんてニュースは、どこも報道をしていないということだ。
筆者はこういった思い込みを防ぐためにも、「悪い」と「良くなっている」は両立するということを知っておいた良いと提唱している。
例え話として、世界は保育器で育つ早産児のようなものだと言っている。
早産で生まれた赤ちゃんは、生まれてすぐに保育器に入れられて1週間経過したときには、いくぶんか体調が回復してきた。しかし、まだまだ危険な状態なので保育器から出ることはできない。
この場合、「赤ちゃんの状態は良くなっている」というのも正しいし、「赤ちゃんの状態は悪い」というのも正しいからだ。
③直線本能・・・「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み
事実、世界の人口は増え続けていて、13年後には世界の人口は今よりも10億人も増える見通し。
しかし、人口増のペースがこれまでのグラフの拡大基調とまったく同じように増えていくということは考えにくい。
けれども、グラフを目にした時に、私たちはどうしてもグラフに描かれていない部分にある「線の続き」を想像してしまう。しかも、直線で
これからの世界の人口の推移を考える上で、重要になってくるのが「女性ひとりあたりの子どもの人数は何人?」ということになるが、1800年頃には平均6人程度いた、それがその後徐々に減っていき、1965年には5人水準だったのを境に、急減する。
現在では2.5人まで減っている。(2017年のデータ)
これはなぜか?
単純にかつては、せっかく生んだ子どもが病気等で亡くなってしまうことが、多々あったからなのだ。
世界の人口が急激に増加しはじめたのは1900年以降であり、それまでは女性は平均子どもを6人生んで、そのうちの4名は亡くなってしまっていたのだ。ついつい現代に生きる私たちは、昔の人は自然と調和しながら生きていたと思いがちだが、その実態は自然と調和しながら死んでいっていたのだ。
それに比べて現代は、2人子どもを生んで2人とも大人になることができるようになった。人類史上初めて、人は自然と調和しながら生きられるようになったのだ。
話がだいぶそれたが、あるグラフを提示されて、それをもとに今後の推移を考える上で、私たちには勝手に「グラフはこれからもまっすぐになるだろう」という思い込みに気づくべきだ。
④恐怖本能・・・危険でないことを恐ろしいと考えてしまう思い込み
人はみな恐怖に包まれると、判断能力が鈍るということ。そして、嫌でも気になってしまうということ。
私たちにとっての三大恐怖は、「身体的な危害」「拘束」「毒」である。
このうちの2種類が組み合わされば、効果抜群である。
メディアにとっては、私たちの恐怖本能を利用せざるを得ない、なぜならばあまりにもたやすく私たちの関心をひけるのだから・・・
“私たちの先祖の命を救った恐怖本能は、いまやジャーナリストたちの雇用を支えている”
連日メディアでは、殺人事件や自然災害等を報道しているが、自然災害で亡くなる人は増えていると思いますか?それとも減っていると思いますか?
この問いに対して、あなたはどう考えますか?
自然破壊が昔よりされていることで、自然の調和が乱されて、自然災害が多くなっていて、亡くなっている人が増えていると思うか?
自然災害自体は、同じ頻度でどうしても発生してしまうので、昔と今で死亡者はあんまり違いはなく、同程度だと思うか?
自然災害の死亡者数はぐっーと減っていると思うか?
正解は、3番目のぐっーと減っているだそうです。
100年前と比べて、自然災害発生時の被災地支援がスピードを持ってできるように変わってきていることや、被害者への治療のレベルが上がっていることもあって、死亡者数は25%程度の水準になっている。しかも、その一方で人口はその100年間で急激に増えているので、ひとりあたりの災害による死亡率は、100年前の6%水準なのだ。
どうだろう?事実よりも、相当ネガティブな方で考えていたのではないだろうか?
また豊かな国々において、2007年~2016年のあいだにテロで亡くなった人の数は全世界におけるテロの犠牲者の0.9%だったりする。
過去20年間のアメリカのテロの死者数が1年間平均159人に対して、飲酒による死者が1年間平均6万9000人。そのうち飲酒による殺人や、飲酒運転による死者数が7500名程度・・・
あなたの大切な人が酔っ払いに殺される確率は、テロリストに殺される確率の約50倍なのだ
また歴史より学べることとして、規制が厳しくなのるのは死亡率よりも恐怖によるものだ。福島原発が例としてあげられるが、目に見えない物質への恐怖が暴走し、物質そのものよりも規制のほうが多くの被害を及ぼしている。
⑤過大視本能・・・「目の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み
仮の話・・・
あなたが貧困国のある村に存在する病院に勤務しいている医者だとして、そこに息も絶え絶えに急患として運び込まれる幼児、あなたは目の前にいる横たわっている子どもが風邪なのか?栄養失調なのか?すぐに判断をして、対策を講じなければいけない、そうしなければこの子どもはあなたの前で息絶えてしまう!!!
きっとあなたは大慌てで対処を講じるのだろうが、ここでの項目が言いたいことは、全体をよくするためには本当にそれでいいのか?という話だ。
どういうことかと言うと、子どもの死亡率の高い貧困国において、医者の目の前に来る子どもを助けるよりも、もっと重要なものを見逃しているんじゃないか?ということ。
もちろん、ここでは医者としての職を投げ出して、貧しい家庭に対して募金をしろ!!ということを言いたいわけではないが、医者に連れてこられる子どもを一人一人治したり、治せなかったりするよりも、村の子どもたちにワクチンを摂取させたり、事前の健康指導をした方が、全体にとってはプラスになるだろうという話だ。
ちなみに、貧困国の子どもにとって生存率を上げる一番の要因としてあげられることは「母親が読み書きできるようになる」ということだそうだ。
ちなみに2016年には420万人の赤ちゃんが亡くなったそうだ、、、
この数字を見て、なんとも悲しい気持ちになるだろうか?もっと何かしらの手をうてなかったものか?と考えてしまわないだろうか、、、
420万人という途方もない赤ちゃんの亡骸を想像して落胆してしまいかねない・・・
しかし、それは過大視本能に支配されてしまっている。
2016年の1年間に、420万人の赤ちゃんが亡くなっているが、前年はどうであっただろうか?
2015年は440万人の赤ちゃんが亡くなっている。
もっともっと過去を振り返ってみれば、1950年には1440万人の赤ちゃんが亡くなっている。
この半世紀で赤ちゃんの死亡率は、3分の1以下になっているのだ。この流れは毎年毎年改善されていっている。世界全体の所得水準の向上にしたがって、赤ちゃんの衛生面、栄養面での環境がどんどんと良好になっている。そしてもちろん、時代が進むにつれて医療も進歩していることが大きい。
もちろん、毎年絶対に今後も良くなっていくと、手放しに喜べるわけというわけでもなく、時たまに発生する強力な伝染病は気をつけなければならないと著者は言っている。
1918年のスペインかぜ(インフルエンザ)の世界的な流行により、世界人口の2.7%が死亡したようなことが、今後の起きないとも限らない。
そういった一部の例外事項はあれど、今後世界の子どもの死亡率は減少傾向であり、世界の人口は増加傾向で推移するのは間違いないだろう。
著者が所得水準の高い国の大企業の新商品の開発会議に参加させてもらったときには、そこに参加している新商品開発部の人間たちが過大視本能に支配されていると分かったと書いている。
開発部の人間は、所得水準の高い国への売り込みをどうすればできるのかを一生懸命話あっていたというのだ。
人口が将来的に増える見込みのない、先進国ばかりをターゲティングしていることが、筆者にはさも滑稽にうつったのだろう。
ちなみに今後の世界の人口分布図を大雑把に記載するとこんな感じだそうだ。
世界をアメリカ大陸、ヨーロッパ大陸・アフリカ大陸・アジア大陸で4分割して、そこに住んでいる人口をわかりやすく10億人単位で表現すると・・・
現在の人口分布図
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 10億人 40億人
世界の人口が現在70億人存在しているうち、1・1・1・4の分布図。
これが2040年になると、人口が90億人に増加していって・・・
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 20億人 50億人
アフリカ大陸で10億人が20億人に、アジア大陸で40億人が50億人に、それぞれ10億人づつ増えていって、全体的には20億人増加するということになる。
1・1・2・5の分布図になる
そしてこれがさらに2100年になって、世界人口が110万人に増加していいったときには・・・・
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 40億人 50億人
こうなる。アフリカ大陸が20億人から40億人に増加するというのだ。
現在のアフリカ大陸の人口は、今後80年間で4倍になるということだ。
この見通しをもってしたら、今後の新商品開発はどこをターゲティングすべきかは一目瞭然だ。
また話は変わり、世界的な環境保護のための会議において、ある先進国の環境大臣の発言が紹介されていた。
「中国やインド、そのほかの新興国は二酸化炭素の排出量を増やしています。このままいけば地球温暖化に歯止めがかからなくなる。現時点で中国はアメリカより排出量が多く、インドはドイツより排出量が多いのです。」
この発言の内容に出てくる事実に一切誤りはないが、この発言によって今後中国やインドの二酸化炭素の排出量を抑制すべきだという論理自体がおかしいと気が付くべきだと紹介されている。
人口数が全然違うアメリカと中国を比較して、国自体の二酸化炭素の排出量がどっちが多い少ないということはおかしいということだ、こういった場合はひとりあたりの排出量を算出して、どっちの国が排出量が多いから抑制すべき・・・という理論展開をしなければおかしいと筆者は主張する。
先進国の大臣でさえ、過大視本能に支配されているのだ。
⑥パターン化本能・・・「ひとつの例がすべて当てはまる」という思い込み
かつて第二次世界大戦と朝鮮戦争を通じて、戦場から担架で運ばれてくる兵士があおむけよりもうつぶせの方が生存確率が高いことに気づく。なぜならば、あおむけだと自分の吐しゃ物で窒息することが多かったから。
・・・その後、パターン化本能により、赤ちゃんもうつぶせ寝の方が良いとされて、勧められるようになる。
※今は誤りが指摘された
⑦宿命本能・・・「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
これは人は持って生まれた宿命によって、人や国や宗教や文化の行方は決まるという思い込み。
例えば、女性のひとりあたりの子どもの数に関して、イスラム教徒の女性とキリスト教徒の女性を比較したところ、そこには大きな差異はなかった。
女性のひとりあたりの子どもの数を決定づける要因は、宗教ではなく、あくまで所得水準がどの程度なのか、ということだ。
大陸や文化や宗教が違っても、夫婦が寝室で行うこと話し合うことは、何ら変わらないということのようだ。
⑧単純化本能・・・「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
ことわざに「子どもにトンカチを持たせると、なんでもくぎに見えてしまう」というものがあるように、専門家にはどうしても自分の専門知識を使って物事を見たいと思う習性が存在する。
⑨犯人捜し本能・・・「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み
何か悪いことが起きたとき、単純明快な理由を見つけたくなる傾向が、犯人捜し本能。
人間は、物事がうまく行かないと、誰かがわざと悪いことを仕込んでいるように思いがちだ。これは物事がうまくいっている時も同じで、その場合にも犯人捜し本能は湧き上がる。
「誰かのせいにしたい」気持ちは、責める時も褒める時も同じなのだ。
エピソードとして、『ガイジン病』というものがある。
かつて梅毒は国によって呼び名が違った、ロシアではポーランド病、ポーランドではドイツ病、ドイツではフランス病、フランスではイタリア病、イタリアではフランス病。
得体のしれない病気を前にして、誰しもが他人(外国人)のせいにしたかったという証拠だ。
また筆者はこうも提言している。
物事がうまくいかないときは、システムを見直す方が良い。
物事がうまくいくときには、社会基盤とテクノロジーという2種類のシステムのおかげと考えた方が良い。
そして、どんなことがあっても、ひとりの人やグループだけを責めないようにしよう。なぜならば、犯人を見つけた途端、考えるのをやめてしまうからだ。
⑩焦り本能・・・「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
いますぐ決めろとせかされると、批判的に考える力が失われ、拙速に判断し行動してしまう本能。
逆に、、、
遠い未来のリスクになると、誰も焦らず、すぐに手を打たなければとも感じないものだ。実際先のこととなると、みんなびっくりするほどいいかげんだったりする。老後に備えて十分な貯金をしている人が少ないのは、遠い先のことは誰もあまり考えたがらないからだ。
ここで筆者が提言していることは以下、
危機が差し迫っていると感じたら、最初にやるべきはオオカミが来たと叫ぶことではなく、データを整理することだ。また自らの焦りに気づくこと。今決めなければならないことはめったにないと知ること。
以上の10個の本能を理解して、事実に基づいた判断をしようーっていうのが、この本の一貫した趣旨です。
筆者は最後に、そうなるためには、“謙虚さ”と“好奇心”を子どもたちに持たせてあげるべきだと言っている。
またこの本を通じて、人々に伝えたいこととして、、、
情報を批判的に見ることも大事だけど、自分自身を批判的に見ることも大事だということ。そして必要なこととして、誰もが「自分は本能に支配されていた」と過ちを認めることだ。
・・・として、本書を締めくくっております。
結構大きくて厚い本なんですが、それぞれ紹介される本能が、いちいち腑に落ちる部分があって、終始楽しんで読むことができました。
そして、この本の一番のドラマチックな部分が、執筆中に作者がガンによって亡くなってしまったという事実が、最後の最後になって知らされるということ・・・
筆者と行動をともにしていたと言う、息子夫婦が途中から筆者に成り代わって執筆した後に完成したのだという・・・
実にドラマチック・・・
はっ!! それこそ、本の内容と筆者の死去は関係がないわけで、本の評価と離して考えるべきなのにっ!! 筆者の死去の事実により、本の評価をより上げてしまってそうな気がする!! 感情に振り回されずに、ファクトフルネスになるべきなのにっ!!
この筆者、死んでもなお読書に考えさせるとは、なかなかにやりおるわい・・・
今回はそんな感じデース
ではでは(´∀`*)ノシ バイバイ
通常の単行本よりもひとまわり大きくて、手に取ることを躊躇させる見た目なものの、帯についているビル・ゲイツの推薦文が超絶強力なパワーを秘めている・・・(;・∀・)
※上段画像参照
「名作中の名作。世界を正しく見るために欠かせない一冊だ」
ビル・ゲイツ大絶賛、大卒の希望者全員にプレゼントまでした名著
もうこの帯を読んで、この本の内容もさる事ながら、、、
ビル・ゲイツが大卒の希望者に買い与えたこの本の冊数はいったいどれほどだったのだろう?って気になっちゃたよね。
世界100万部超の大ベストセラーとも書いてあるけど、この内訳でビル・ゲイツがかったのが一体何万部なのよ?って気になってしまったwww
まぁー蛇足はこれくらいにして、、、この本読破したんで、感想というか、どっちかっていうと内容の要約を書いていこうと思います。
この作品、簡単に言えば・・・
正しく世界のことを認識している人はほとんど存在していない、それが非常に頭の良い人間であったとしても同じで、人間には自然といくつかの思い込みをしてしまう法則が存在しているのだっ!!!!
って感じです。
でもって、その思い込みってものが大きく10個紹介されており、それをちゃーんと知った上で、各々が自分を律せよっていう内容の本です。
じゃー、そのそれぞれの思い込みってものを紹介していきます。
①分断本能・・・「世界は分断されている」という思い込み
人間という生き物は、様々な物事や人々を2つのグループに分けないと気がすまないタチだということ、そしてその2つのグループの間には、決して埋まることのない溝があるはずだと思い込むというのだ。
以下の内容の質問をこれを読んでいただいている方は、ちょっと考えて欲しい。
世界には多くの国がある中で、いまだに途上国の枠内に位置している国はどれほどあるのだろうか?
世界の格差は広がっていると思うか?それとも、縮まっていると思うか?
・・・さあ、どうお考えになられたでしょうか?
答えを言うと・・・
いまだに途上国の枠内にいるのは全人口の6%ほどで、国数にして13カ国のみ。全人口の75%が中所得の国に住んでいる。
以上のような流れで、世界全体が徐々に発展していっており、格差は広がっているどころか、格差は縮まっている方向だというのだ。
どうしても、「世界には極度の貧困層もいれば、億万長者もいる」という話の方が伝わりやすく、「世界の大半は、少しづつだが良い暮らしを始めている」という話は伝わりにくいのだ。
そもそも、国の国力を反映した呼び方として、「途上国」と「先進国」という呼び方が、この間違いを助長させている。
この呼び方だけでは、世界には貧しい国と裕福な国のどちらかしか存在しないようではないだろうか?
どうやら、私たち人間には物事を勝手にドラマチックに見てしまう性質があるらしい、モノを見る上でどうしても「二項対立」の構図であると捉えてしまいがち
だと言うのだ。
例えば、、、これは良いのか悪いのか、自国なのか他国なのか、これは正義なのか悪なのか
よくよーく考えれば、もっと物事にはグレーな部分があるということなのだ、世界には「途上国」でも「先進国」でもない「中所得国」のほうが多いこともそうだ。
②ネガティブ本能・・・「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み
人間は誰しも、物事のポジティブな面よりネガティブな面に注目してしまうという思い込みだ。
事実アメリカでは、1990年以降犯罪発生率は年々減り続けている。
※1990年1450万件 ⇒ 2016年950万件
しかし、1990年以降アメリカ人に対して、「犯罪は増えていると思うか、減っていると思うか?」とアンケートを取ると、ほぼ例外なく毎年「増えている」と答える人が大半なのだ。
人間のサガとして、「悪いニュースのほうが広まりやすい」ということは肝に銘じておいたほうが良さそうだ。
例えば、非常に悲惨なニュースを今度見たときに、自分にこう尋ねてみるといいかもしれない。
「このニュースと同じくらいのインパクトの“明るい”ニュースがあったら、それはニュースになっていただろうか?」と・・・
また日々のゆっくりとした進歩はニュースになりにくい、ということも知っておいたほうが良い。
どこどこで通り魔殺人があったとか、高齢者の運転ミスで罪のない子どもが引かれて亡くなったといったニュースの方が優先されて、昨年よりも犯罪発生件数が減ったとか、犯罪件数が減っているのが何年連続!なんてニュースは、どこも報道をしていないということだ。
筆者はこういった思い込みを防ぐためにも、「悪い」と「良くなっている」は両立するということを知っておいた良いと提唱している。
例え話として、世界は保育器で育つ早産児のようなものだと言っている。
早産で生まれた赤ちゃんは、生まれてすぐに保育器に入れられて1週間経過したときには、いくぶんか体調が回復してきた。しかし、まだまだ危険な状態なので保育器から出ることはできない。
この場合、「赤ちゃんの状態は良くなっている」というのも正しいし、「赤ちゃんの状態は悪い」というのも正しいからだ。
③直線本能・・・「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み
事実、世界の人口は増え続けていて、13年後には世界の人口は今よりも10億人も増える見通し。
しかし、人口増のペースがこれまでのグラフの拡大基調とまったく同じように増えていくということは考えにくい。
けれども、グラフを目にした時に、私たちはどうしてもグラフに描かれていない部分にある「線の続き」を想像してしまう。しかも、直線で
これからの世界の人口の推移を考える上で、重要になってくるのが「女性ひとりあたりの子どもの人数は何人?」ということになるが、1800年頃には平均6人程度いた、それがその後徐々に減っていき、1965年には5人水準だったのを境に、急減する。
現在では2.5人まで減っている。(2017年のデータ)
これはなぜか?
単純にかつては、せっかく生んだ子どもが病気等で亡くなってしまうことが、多々あったからなのだ。
世界の人口が急激に増加しはじめたのは1900年以降であり、それまでは女性は平均子どもを6人生んで、そのうちの4名は亡くなってしまっていたのだ。ついつい現代に生きる私たちは、昔の人は自然と調和しながら生きていたと思いがちだが、その実態は自然と調和しながら死んでいっていたのだ。
それに比べて現代は、2人子どもを生んで2人とも大人になることができるようになった。人類史上初めて、人は自然と調和しながら生きられるようになったのだ。
話がだいぶそれたが、あるグラフを提示されて、それをもとに今後の推移を考える上で、私たちには勝手に「グラフはこれからもまっすぐになるだろう」という思い込みに気づくべきだ。
④恐怖本能・・・危険でないことを恐ろしいと考えてしまう思い込み
人はみな恐怖に包まれると、判断能力が鈍るということ。そして、嫌でも気になってしまうということ。
私たちにとっての三大恐怖は、「身体的な危害」「拘束」「毒」である。
このうちの2種類が組み合わされば、効果抜群である。
メディアにとっては、私たちの恐怖本能を利用せざるを得ない、なぜならばあまりにもたやすく私たちの関心をひけるのだから・・・
“私たちの先祖の命を救った恐怖本能は、いまやジャーナリストたちの雇用を支えている”
連日メディアでは、殺人事件や自然災害等を報道しているが、自然災害で亡くなる人は増えていると思いますか?それとも減っていると思いますか?
この問いに対して、あなたはどう考えますか?
自然破壊が昔よりされていることで、自然の調和が乱されて、自然災害が多くなっていて、亡くなっている人が増えていると思うか?
自然災害自体は、同じ頻度でどうしても発生してしまうので、昔と今で死亡者はあんまり違いはなく、同程度だと思うか?
自然災害の死亡者数はぐっーと減っていると思うか?
正解は、3番目のぐっーと減っているだそうです。
100年前と比べて、自然災害発生時の被災地支援がスピードを持ってできるように変わってきていることや、被害者への治療のレベルが上がっていることもあって、死亡者数は25%程度の水準になっている。しかも、その一方で人口はその100年間で急激に増えているので、ひとりあたりの災害による死亡率は、100年前の6%水準なのだ。
どうだろう?事実よりも、相当ネガティブな方で考えていたのではないだろうか?
また豊かな国々において、2007年~2016年のあいだにテロで亡くなった人の数は全世界におけるテロの犠牲者の0.9%だったりする。
過去20年間のアメリカのテロの死者数が1年間平均159人に対して、飲酒による死者が1年間平均6万9000人。そのうち飲酒による殺人や、飲酒運転による死者数が7500名程度・・・
あなたの大切な人が酔っ払いに殺される確率は、テロリストに殺される確率の約50倍なのだ
また歴史より学べることとして、規制が厳しくなのるのは死亡率よりも恐怖によるものだ。福島原発が例としてあげられるが、目に見えない物質への恐怖が暴走し、物質そのものよりも規制のほうが多くの被害を及ぼしている。
⑤過大視本能・・・「目の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み
仮の話・・・
あなたが貧困国のある村に存在する病院に勤務しいている医者だとして、そこに息も絶え絶えに急患として運び込まれる幼児、あなたは目の前にいる横たわっている子どもが風邪なのか?栄養失調なのか?すぐに判断をして、対策を講じなければいけない、そうしなければこの子どもはあなたの前で息絶えてしまう!!!
きっとあなたは大慌てで対処を講じるのだろうが、ここでの項目が言いたいことは、全体をよくするためには本当にそれでいいのか?という話だ。
どういうことかと言うと、子どもの死亡率の高い貧困国において、医者の目の前に来る子どもを助けるよりも、もっと重要なものを見逃しているんじゃないか?ということ。
もちろん、ここでは医者としての職を投げ出して、貧しい家庭に対して募金をしろ!!ということを言いたいわけではないが、医者に連れてこられる子どもを一人一人治したり、治せなかったりするよりも、村の子どもたちにワクチンを摂取させたり、事前の健康指導をした方が、全体にとってはプラスになるだろうという話だ。
ちなみに、貧困国の子どもにとって生存率を上げる一番の要因としてあげられることは「母親が読み書きできるようになる」ということだそうだ。
ちなみに2016年には420万人の赤ちゃんが亡くなったそうだ、、、
この数字を見て、なんとも悲しい気持ちになるだろうか?もっと何かしらの手をうてなかったものか?と考えてしまわないだろうか、、、
420万人という途方もない赤ちゃんの亡骸を想像して落胆してしまいかねない・・・
しかし、それは過大視本能に支配されてしまっている。
2016年の1年間に、420万人の赤ちゃんが亡くなっているが、前年はどうであっただろうか?
2015年は440万人の赤ちゃんが亡くなっている。
もっともっと過去を振り返ってみれば、1950年には1440万人の赤ちゃんが亡くなっている。
この半世紀で赤ちゃんの死亡率は、3分の1以下になっているのだ。この流れは毎年毎年改善されていっている。世界全体の所得水準の向上にしたがって、赤ちゃんの衛生面、栄養面での環境がどんどんと良好になっている。そしてもちろん、時代が進むにつれて医療も進歩していることが大きい。
もちろん、毎年絶対に今後も良くなっていくと、手放しに喜べるわけというわけでもなく、時たまに発生する強力な伝染病は気をつけなければならないと著者は言っている。
1918年のスペインかぜ(インフルエンザ)の世界的な流行により、世界人口の2.7%が死亡したようなことが、今後の起きないとも限らない。
そういった一部の例外事項はあれど、今後世界の子どもの死亡率は減少傾向であり、世界の人口は増加傾向で推移するのは間違いないだろう。
著者が所得水準の高い国の大企業の新商品の開発会議に参加させてもらったときには、そこに参加している新商品開発部の人間たちが過大視本能に支配されていると分かったと書いている。
開発部の人間は、所得水準の高い国への売り込みをどうすればできるのかを一生懸命話あっていたというのだ。
人口が将来的に増える見込みのない、先進国ばかりをターゲティングしていることが、筆者にはさも滑稽にうつったのだろう。
ちなみに今後の世界の人口分布図を大雑把に記載するとこんな感じだそうだ。
世界をアメリカ大陸、ヨーロッパ大陸・アフリカ大陸・アジア大陸で4分割して、そこに住んでいる人口をわかりやすく10億人単位で表現すると・・・
現在の人口分布図
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 10億人 40億人
世界の人口が現在70億人存在しているうち、1・1・1・4の分布図。
これが2040年になると、人口が90億人に増加していって・・・
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 20億人 50億人
アフリカ大陸で10億人が20億人に、アジア大陸で40億人が50億人に、それぞれ10億人づつ増えていって、全体的には20億人増加するということになる。
1・1・2・5の分布図になる
そしてこれがさらに2100年になって、世界人口が110万人に増加していいったときには・・・・
アメリカ大陸 ・ ヨーロッパ大陸 ・ アフリカ大陸 ・ アジア大陸
↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓
10億人 10億人 40億人 50億人
こうなる。アフリカ大陸が20億人から40億人に増加するというのだ。
現在のアフリカ大陸の人口は、今後80年間で4倍になるということだ。
この見通しをもってしたら、今後の新商品開発はどこをターゲティングすべきかは一目瞭然だ。
また話は変わり、世界的な環境保護のための会議において、ある先進国の環境大臣の発言が紹介されていた。
「中国やインド、そのほかの新興国は二酸化炭素の排出量を増やしています。このままいけば地球温暖化に歯止めがかからなくなる。現時点で中国はアメリカより排出量が多く、インドはドイツより排出量が多いのです。」
この発言の内容に出てくる事実に一切誤りはないが、この発言によって今後中国やインドの二酸化炭素の排出量を抑制すべきだという論理自体がおかしいと気が付くべきだと紹介されている。
人口数が全然違うアメリカと中国を比較して、国自体の二酸化炭素の排出量がどっちが多い少ないということはおかしいということだ、こういった場合はひとりあたりの排出量を算出して、どっちの国が排出量が多いから抑制すべき・・・という理論展開をしなければおかしいと筆者は主張する。
先進国の大臣でさえ、過大視本能に支配されているのだ。
⑥パターン化本能・・・「ひとつの例がすべて当てはまる」という思い込み
かつて第二次世界大戦と朝鮮戦争を通じて、戦場から担架で運ばれてくる兵士があおむけよりもうつぶせの方が生存確率が高いことに気づく。なぜならば、あおむけだと自分の吐しゃ物で窒息することが多かったから。
・・・その後、パターン化本能により、赤ちゃんもうつぶせ寝の方が良いとされて、勧められるようになる。
※今は誤りが指摘された
⑦宿命本能・・・「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
これは人は持って生まれた宿命によって、人や国や宗教や文化の行方は決まるという思い込み。
例えば、女性のひとりあたりの子どもの数に関して、イスラム教徒の女性とキリスト教徒の女性を比較したところ、そこには大きな差異はなかった。
女性のひとりあたりの子どもの数を決定づける要因は、宗教ではなく、あくまで所得水準がどの程度なのか、ということだ。
大陸や文化や宗教が違っても、夫婦が寝室で行うこと話し合うことは、何ら変わらないということのようだ。
⑧単純化本能・・・「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
ことわざに「子どもにトンカチを持たせると、なんでもくぎに見えてしまう」というものがあるように、専門家にはどうしても自分の専門知識を使って物事を見たいと思う習性が存在する。
⑨犯人捜し本能・・・「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み
何か悪いことが起きたとき、単純明快な理由を見つけたくなる傾向が、犯人捜し本能。
人間は、物事がうまく行かないと、誰かがわざと悪いことを仕込んでいるように思いがちだ。これは物事がうまくいっている時も同じで、その場合にも犯人捜し本能は湧き上がる。
「誰かのせいにしたい」気持ちは、責める時も褒める時も同じなのだ。
エピソードとして、『ガイジン病』というものがある。
かつて梅毒は国によって呼び名が違った、ロシアではポーランド病、ポーランドではドイツ病、ドイツではフランス病、フランスではイタリア病、イタリアではフランス病。
得体のしれない病気を前にして、誰しもが他人(外国人)のせいにしたかったという証拠だ。
また筆者はこうも提言している。
物事がうまくいかないときは、システムを見直す方が良い。
物事がうまくいくときには、社会基盤とテクノロジーという2種類のシステムのおかげと考えた方が良い。
そして、どんなことがあっても、ひとりの人やグループだけを責めないようにしよう。なぜならば、犯人を見つけた途端、考えるのをやめてしまうからだ。
⑩焦り本能・・・「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
いますぐ決めろとせかされると、批判的に考える力が失われ、拙速に判断し行動してしまう本能。
逆に、、、
遠い未来のリスクになると、誰も焦らず、すぐに手を打たなければとも感じないものだ。実際先のこととなると、みんなびっくりするほどいいかげんだったりする。老後に備えて十分な貯金をしている人が少ないのは、遠い先のことは誰もあまり考えたがらないからだ。
ここで筆者が提言していることは以下、
危機が差し迫っていると感じたら、最初にやるべきはオオカミが来たと叫ぶことではなく、データを整理することだ。また自らの焦りに気づくこと。今決めなければならないことはめったにないと知ること。
以上の10個の本能を理解して、事実に基づいた判断をしようーっていうのが、この本の一貫した趣旨です。
筆者は最後に、そうなるためには、“謙虚さ”と“好奇心”を子どもたちに持たせてあげるべきだと言っている。
またこの本を通じて、人々に伝えたいこととして、、、
情報を批判的に見ることも大事だけど、自分自身を批判的に見ることも大事だということ。そして必要なこととして、誰もが「自分は本能に支配されていた」と過ちを認めることだ。
・・・として、本書を締めくくっております。
結構大きくて厚い本なんですが、それぞれ紹介される本能が、いちいち腑に落ちる部分があって、終始楽しんで読むことができました。
そして、この本の一番のドラマチックな部分が、執筆中に作者がガンによって亡くなってしまったという事実が、最後の最後になって知らされるということ・・・
筆者と行動をともにしていたと言う、息子夫婦が途中から筆者に成り代わって執筆した後に完成したのだという・・・
実にドラマチック・・・
はっ!! それこそ、本の内容と筆者の死去は関係がないわけで、本の評価と離して考えるべきなのにっ!! 筆者の死去の事実により、本の評価をより上げてしまってそうな気がする!! 感情に振り回されずに、ファクトフルネスになるべきなのにっ!!
この筆者、死んでもなお読書に考えさせるとは、なかなかにやりおるわい・・・
今回はそんな感じデース
ではでは(´∀`*)ノシ バイバイ
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